犯人わかっちゃいました

スゲー疲れてて眠いんだけど、さっき風呂入ってたらもの凄いことに気づいたので。
って言っても、仮説どころか妄想の域を出ないのだけれど。
精神的中二の戯言なので、真剣な方は読まなくていいです。
明日の朝になって正気に戻ってたら消すかもしれません。
消してなかったら正気を失ったと思ってください。極力優しくしてください。


で、本題なんだが。
これは俺の大学で書いたヒドイ、むしろドイヒーな、卒論とも繋がる話なんだけど。
(ちなみに、卒論の題は『音楽における身体性とその変容』というありきたりなもの)
「音楽」の正体が分かった。分かってしまったよ。

結論から言おう。
「波動存在」だ。
まぁ、「波動現象」と言っても差し支えないと思う。


何、わけのわからないことを言ってるんだ?
音楽なんてただの空気の振動だろ?
っていう、そこのあなた!
そこです!!
だからこそ!!!
音楽は、いや、音は空気の振動で、それはつまり波です。波動です。
で、ただの「音」と音楽を分けるものはなんなのか。
この辺も議論の絶えないところですが。
(俺は遍くすべての「音」が音楽に成り得ると思ってますが。)
簡潔に言います。
高次元の波動存在であるその「音楽」そのものと共振するがために、
その波動を模して人間が発しているのが音楽なのです。
人間の音楽は「音楽」にアクセスするための非常にシンプルな方法なのです。
大きな揺らぎの中で、その波動と共振する度合いの高い音楽のみが、
「音楽」に近づける。
ただし、少なくともこの地球上で、「音楽」が実体化することは無い、と思います。
(我々人間が栄えているこのわずかな時間のうちに、「音楽」の波動が地球の軌道と交差すること自体天文学的な確率でしょう)
しかし、だからこそ、わたしたちは、その至高の存在に近づこうと、音楽を奏ではじめたのではないでしょうか。
世界中にいくつもの民族がいて、それぞれに違ったリズムや音階を持っていて。
それぞれの音楽がありますが、それらはすべて、今のわたしたちの耳で聞こえる範囲で考えても音楽だと言えます。
それは、きっとすべての音楽が「音楽」を模倣したものだからです。
犬の鳴き声の表現が各言語によって異なってはいるけれど、どこか親和性が感じられるのと同じように。


僕の卒論の最終的な結論は、おおまかに言うと、テクノロジーの進歩によって、人間は音楽に近づける。ということです。
音楽と溶け合える、と言った方がわかりやすいかもしれませんね。
テクノロジーは一見、我々と音楽との間をより引き離してしまうもののようにも考えられますが、
実は、テクノロジーの進歩こそが、人間と音楽との間を埋めてくれる。
(ただし、ここにはほぼ無限のテクノロジーの進歩、つまり具体例をあげると、限りなく無限に近い分解能や限りなくゼロに近い計算速度が必要にはなるのですが。ってもうほとんどSFなんですが。この辺りは楽観的に理系に任せますw)
現状で、先述のように感じられるのには現在の(コンピュータ的な意味での)テクノロジーが未成熟だからです。
ギターは体の一部、と言う人がいるように、デバイスがより成熟して、人間と溶け合えるようになり。
そして、それを介して「音楽」へと至る道を進むのです。


音楽を聴いて、演奏して、トリップ感にも似た感覚を味わったことがある方もいらっしゃるでしょう。
ほんの一瞬でも、「音楽」の波動と重なりあったのだから、当然です。
高次波動存在との合一化で見られる景色は、他の何をもってしても辿りつけるものではありません。


やばい、ちょっとあぶない宗教っぽさも出てきた気がする。
あと、すげー疲れて風呂上りに発泡酒かっくらって書いてる所為にするけど、論が破綻しまくりw
まとまりもない。


えー、で、なんだっけ?


まぁ、あれだ。波動存在と一瞬重なり合う快感はあるにしても、波動そのものになるのはちょっと考えものかも知れないね。
ものすごい孤独だろうしね。そんな感情なんて無いのか?
どっちにしろなってみたい気もするね。


で、つまり、あれだ、最高のグルーヴっていうのは、楽器と楽器、音符と音符が上手く重なりあい、ズレ合いして生まれるものだと思ってた、け・ど。
違うんだ。つまり、波動存在とグルーヴしなきゃいけないわけだよ。
昔、先輩に、ベーシストとして、何に対して合わせる、って言うとちょっと違うけど、何を一番意識してグルーヴを出すか、なんて焼肉食いながら聞かれたときに、冗談半分以下で「地球」って答えたんだけど。
あれもちょっと違うんだな。
願わくば、地球と「音楽」と、その間でうまーくベースを弾けたら、もうそれは「音楽」が実体化しかねない勢いだね!


そろそろ燃料切れなので今日はここまで。